Interview
通訳・マクレラン牧子さん

魚沼の人って、人見知りしがちなんです。
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30代前半から週末はこちらにいたので、完全に移ろうと思った時も不安は無かったですね。

ただ、魚沼の人って、人見知りしがちなのか、最初のうちはあんまり打ち解けてくれなかったんですよ。特にマクレランは外国人だったし。でもだんだんと親しくなると、とても良くしてくださるんです。

もちろん、どこに住んだとしても、信頼関係を作っていかないと大変だと思いますけれど、特に田舎では重要ですよね。「こんにちは」のご挨拶は常に心がけるようにしていました。

それから距離感というのも、そんなに身構えなくていいと思いますよ。例えば、どこかにお出かけるときに「どこ行くの?」って声をかけられたりするけれど、それを「余計な干渉してくる」なんて受け取らずに「ちょっと買い物行くのよー」ってにこやかに答えておけば良いだけなんですよね。これはご挨拶なんですから。

自分をしっかり持って他人を受け入れられる人には生活しやすい土地。

ただ、あまり年を取ってから生活を変えるというのは、体も頭もガンコになってきているから、なかなか大変だと思うんです。

本人はやる気満々でも、需要と供給のマッチングが違ったりすると「なんで俺はこんなに頑張ってるのに受け入れてもらえないんだよ」ってジレンマみたいなものが出て来るし、そうすると不満に繋がって居心地が悪くなるし、そういう気持ちってなんとなく伝わる。ちょっと高飛車に「俺が田舎に住んでやってる」みたいに思っていたりすると、確実に伝わっちゃいます。

サラリーマン的な発想だと無理、と言えばいいかしら。サラリーマンって、本当は時間を売っていてその対価をもらうんだけれど、悲しいかな何もしなくても給料を受け取れるという場合が多いから。そうじゃなくて「あなたじゃなくちゃいけない」というものが無いと、どこに行っても難しいと思うんですよ。

地域の一員としての気持ち、なおかつ自分の人生設計と、自分の生活をしっかり持っていないと難しいかもしれません。

人間も自然の一部なんだな、とここにいると実感します。

時々東京で仕事をすると、なんだか自分たち人間がゴミみたいに思えて来ちゃうことがあるんですよね。高いビルから見下ろしたりすると、本当にごちゃごちゃっとたくさんの人がいて。

でもここにいるとゴミじゃなくて自然の一部なんだなって気がします。だって何をしていたって、毎日、朝日が窓から見える東の方にあがるわけ。当たり前とはいえ東京ではあんまりわからなったことで、そうすると「日々の自然の中に、私たちがその一部として存在してるんだな」て感じるんですよね。だから、「何が起こっても、命があればあんまりたいしたことないや」って思っちゃうかな。

実は、マクレランは2005年に膵臓がんで亡くなりました。発見された時には手術もできなかったころで、入院はしませんでした。南魚沼のこの家でターミナルケアをしながら毎月1回、東京の大学病院に通っていました。当初は余命3ヶ月と言われたのが、2年くらい生きてくれました。

東京でかかっていた病院の先生が、マクレランが亡くなった後、「牧子さん。ご主人は生活者であったから長生きしたんですね」と言ってくださいました。病院に入ったら、入った瞬間から病人だから、って。自然環境や人間としてのあり方みたいなものを、彼は本能的に知っていたから最初にここを見た時にここに決めて、病気がわかった時にもここで生活をしていたんだろうなって思います。

当日の朝にゴルフを決めたり、贅沢な気持ちで暮らしています。

2012年に今のパートナーが横浜からこちらに越してきました。機械の設計士である彼は、茅ヶ崎に会社があるのですけれど、南魚沼のここの離れをSOHOの事務所として使って仕事をしています。

彼の自宅での役割は、薪ストーブ用の薪を作ることと、除雪(笑)。薪は材木屋さんの端材や、大工さんの廃材をもらってきたりして、機械で細く割っています。

マクレランが亡くなった後、七回忌くらいまで数年は再婚するつもりはなかったのですけれど、その後突然、年をとったときツレがいる方がいいかなと思って、何より話す相手が必要ですから、すぐ再婚相手を見つけました。

ここでは、けっこう贅沢な気分で生活をしています。朝、起きて天気がいいとゴルフ場に電話して「今日、一番遅くて何時からスタートできます?」って聞いて。平日だと「着いた時間からでいいですよ」って言われたり。冬は近くにスキーに行きますけれど、二人ともがんがん滑るタイプじゃないから、1時間とか2時間とかで帰ってきて。

近くに八色の森公園という広い公園があって、その中に「池田記念美術館」という素敵な庭園の美術館があります。池田記念美術館のアドバイザーをしているので、なんとか美術館を盛り上げようと考え、音楽クラブというのを立ち上げて、月に2回、ミニコンサートをしています。

こちらに来て不便なことと言えばひとつだけ、海外に行く時に朝早い便は間に合わないので、前泊をしなきゃいけないというくらいですね。

他は不便なことは特にありません。

こちらに無いものは、インターネットで注文して買うこともできますし、医療面でも、近くに新潟大学の「魚沼基幹病院」という大きな病院が出来たから心強いですしね。豪雪地帯といっても、みんなが思っているほど厳しい気候ではないと思います。

東京のお友達もよく遊びに来るんですよ。「今度の週末、まんま会(ごはん会)するからおいで」って招集かけたり、ホームコンサートを開催したり、バーベキューをしたりというときには、30〜40人集まり、楽しく生活しています。

でもそれも年をとってから引っ越すとなるとちょっと大変かもしれません。動けるうちに移住して、人のネットワークを作っておくことが大事だと思いますよ。

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Live from Minami-uonumaLMU編集部
東京から南魚沼市に移住したスタッフ3人で作っています。
東京時代は仕事ばかりで、昼も夜もわからぬ毎日を過ごしていましたが、南魚沼市に引っ越して生活が一変。
直売所で買った野菜で料理をし、温泉に通 い、休日は山に登ったり、スキーをしたり。
豊かな場所で暮らすだけで、心も生活も豊かになって、良い仕事ができるようになる……ような気がする今日この頃です
(移住12年めの素直な感想で す)。

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