Interviewアウトドア雑貨のお店
SONNE(ゾンネ)宮本伸久さん

DMA-ゾンネ集合写真

移住当初は建設業のアルバイトやスキーインストラクターで生活。

僕が南魚沼に来たころのはスキーブームが終わるころで、「篭もり」と言って長期間スキー場の近くに住んで滑るような人が多い時代の、最後の方でした。

僕は26歳だったんですが、最初は、スキーシーズン中にレストランの居候みたいな感じでこちらに来て、そのまま春に仕事を見つけてアパートを借りて住み始めました。そのころは建設業のアルバイトをやったこともありますし、団体で巻機山や苗場山ツアーをする人たちの付き添いのような簡単なガイドをやったり、友達がやっていたラフティングの会社を手伝ったり、冬は舞子後楽園スキー場(現・舞子スノーリゾート)でインストラクターをやったりと、仕事になることならなんでもやってましたね。

当時もIターンUターンの支援みたいなものはハローワークでやっていたんですが、僕が行ったら「もう来ちゃってる人には駄目なんだよねぇ」と。移住する前に相談しないと対象にならなかったんです。僕の周りにも同じようにスキーが好きで、どうにかしてここに住みたくて建設の日給月給とかの仕事をしている人はけっこういたんですよ。10人以上はいたかな。でも残っているのは僕だけですね。仕事がうまく見つからなかったりして。

アパートを借りるにもすごく大変な時代だったんです。スキーをしに来ているとわかると、それだけで大家さんに「そういう人には貸したくない」と言われたり。今は状況がまったく違って、借りやすくなっていますよね。

とにかく僕にとっては「滑れる!」という気持ちしかなかったから、ここに住んで後悔したこととか全然無いんですけど、そもそも南魚沼というのは、すごく環境が整っていて生活する上でも楽だと思うんですよね。例えば冬の道路の運転とかも、この辺りは除雪能力がものすごく高いので、スタッドレスタイヤを履きさえすればいい。雪かきにしても、建物を選べば今は自動で屋根から落ちるようになっているし、そんなに困ることは無いですよね。特にアパートに住んでいれば大家さんがいろいろやってくれる。

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それから最初に言ったように、ここは街が街として成り立っていて、商売をするにしても「とりあえず始める」ということができるんですよ。これが都心部だったり、この近くで人口が多い長岡だったりでアウトドアの店を出そうと思ったら、それに特化したすごい店がいっぱいある中で競合しなきゃいけないし、土地代も高いし、すごくリスクが高いですよね。その点、南魚沼だったら、とてもハードルが低い。だって、うちなんか最初は本当に一軒家の車庫の部分だけで始めたくらいですから。

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Live from Minami-uonumaLMU編集部
東京から南魚沼市に移住したスタッフ3人で作っています。
東京時代は仕事ばかりで、昼も夜もわからぬ毎日を過ごしていましたが、南魚沼市に引っ越して生活が一変。
直売所で買った野菜で料理をし、温泉に通 い、休日は山に登ったり、スキーをしたり。
豊かな場所で暮らすだけで、心も生活も豊かになって、良い仕事ができるようになる……ような気がする今日この頃です
(移住12年めの素直な感想で す)。

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