クライマー・ドラマー
 斎藤清人さん

近年は厳冬期の八海山に登るようになりました

20代半ばでアンデスを数峰やり、北中南米の最高峰アコンカグア6962mを最後に、もう山はやめようと思っていました。

でも、Uターンして間もなく、その筋の方から声がかかりました。たぶん、同じ香りがしたんでしょうね(笑)。

南魚沼周辺には素晴らしい登攀ルートが数々ありますし、実は日本アルプス、谷川連峰へのアクセスも抜群で、クライマーの拠点にはもってこいの好立地なんです。

7年前、地元の山岳会に入りました。60代は若手、70代でも私より足越の強い方もいらっしゃいます。半世紀近く山をやっている大先輩ばかりです。私は酒を酌み交わし、お年寄りから昔の話を聞くのが大好きです。学生の頃からの文化人類学のフィールドワークのようで、もはやライフスタイルですね。

山岳会で出会った先輩たちは、これまで出会ってきた登山家とは異なる気質がありました。いわゆる百名山やヒマラヤ登山を目指す人には目標となるゴールがあります。でも、この地で長年登り続けている彼らは、毎年同じように登り続けます。それも結構なレベルの山です。どちらかという“漁師”のような、根本的な生き方を変えなければ終わることない“山屋”であると思いました。マタギに近いというか。そういう人たちは、自然に対する足腰の強さが私なんかとは格が違うと思います。それでいて謙虚で、寛容で、本当に優しい。

霊峰八海山は夏秋のロープウェイを使っての登山をしたり、冬は家族で八海山スキー場を楽しんだりしています。近年は年明け、厳冬期に登るようになりました。1月の八海山の積雪は凄まじいです。ラッセルをすると、バックカントリースキーをはいて膝上、スノーシューなら腰まで、つぼ足になると胸まで埋まります。世界でもめずらしい降雪かと思います。

気温はマイナス10度程まで下がりますが、せっせとラッセルをして前進していると、体はポカポカ暖まって適温です。ラッセルは先頭の負担が大きく、先頭と後続では「地獄と天国」といわれます。そんなラッセルを、この地の山岳会の高齢者はメンバーを気づかい「われ先に」と率先して前に出ます。人として学ぶことが多いです。

夏場の登山は一般登山道を歩くことはほとんどなく、沢登りをしています。源流をつめ、水の湧きでる「最初の一滴」を目指して登ります。

われわれは魚沼盆地から眺める八海山が正面だと思っていますが、当然、裏側にも山域は広がっていて、水無川の左からの支流はすべて八海山に突き上がります。手前の高倉沢は、魚釣りで入渓する人も多いですが、後半は万年雪の大雪渓が広がります。八海山からの雪崩がこの沢に凝縮されます。写真は暑い夏を過ぎた9月のものですが、雪渓の高さは10m以上、ここから山頂直下の稜線まで3時間ほど雪の上を歩きます。

ちなみに水無川の右の支流は駒ケ岳へ突き上げます。オツルミズ沢、水無川本谷は全国的にも最難関のルートにあり、私の日本での目標の一つです。まだまだそのスキルには至りませんが。

巻機山域にも明るく美しい沢があります。けっしてお勧めするわけではありませんが、米子沢は比較的登りやすく、新緑と紅葉の頃に年2回、通い続けています。やぶ歩きもほとんどなく、滝を登り、白い岩の上を進みます。米子沢を源頭まで詰めると、巻機山の9合目の尾根に出ます。私は10回以上は米子沢を登攀していますが、実はまだ巻機山の山頂に立ったことがありません(笑)。興味があるのは“ルート”で“山頂”への執着はありません。

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Live from Minami-uonumaLMU編集部
東京から南魚沼市に移住したスタッフ3人で作っています。
東京時代は仕事ばかりで、昼も夜もわからぬ毎日を過ごしていましたが、南魚沼市に引っ越して生活が一変。
直売所で買った野菜で料理をし、温泉に通 い、休日は山に登ったり、スキーをしたり。
豊かな場所で暮らすだけで、心も生活も豊かになって、良い仕事ができるようになる……ような気がする今日この頃です
(移住12年めの素直な感想で す)。

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