泥んこあそび

息子の保育園では、年中年長さんが
「泥んこ遊び」という行事があって
家族の見学も歓迎してくれるので
仕事の合間に時間を作って見学に行ってきました。

田んぼの中を走りまわったり、カエルをつかまえたり
みんなで泥んこを楽しんで
泥に慣れたところで、翌週は「田植え」です。子どもたち用に先生が苗を準備してくれて
紐にしるしをつけて
年中さんは3回、年長さんはもっとたくさん
小さくて でももう赤ちゃんじゃない手で
大切に大切に植えていました。
そして両日とも、子どもたちの為に
園長先生、先生たちが おにぎりを握ってきてくれて
子どもの手にちょうどいいサイズ。
ブルーシートの上で、田んぼを見ながら
みんなでいただきます!をしていました。

そして先生がお話します。

このおにぎりは、苗何本分でしょうか?
5ほ〜ん と昨年もやったであろう体験から
年長さんが答えます。

こういう体験が、市内全部の保育園、学校で
実施されたらいいなと思いました。
なんなら親も一緒に。
やらない保育園や学校もあるので
そういう教育に予算を使って欲しいな。。。

米どころ と言われる南魚沼で育った子ども達が
お米を植えることも、田んぼに入ることもしたことがないなんて
(わたしがそうだったから)とても残念なことです。

二等辺三角形の面積の求め方も
パイπ やルート√ や 3.14。それを覚える義務はあるのに
教科書には載っていない 泥んこの感触 や 苗を植える喜び を
大人になったわたし達は、子どもの時に自分で積み重ねた体験でしか
子ども達に伝えられません。

もう忘れてしまった因数分解も関数は
今また教科書をを開いて見直しても
全く思い出せないけれど
小さい頃に自分で感じた 風の香り や いのちの温度 は
忘れていてももう一度触れれば、すぐに蘇ってくる記憶です。

大人に言われてそのまま覚えた記憶と
自分で体験して感じた記憶。
教科書の言葉もそうだし
ご飯は残さず食べなさいとかも
先生や親に言われたから残さず食べるのではなくて
こうした体験や経験を積み重ねて
自分で「食べ物を大切にしよう」っていう気持ちが芽生えて初めて
食べ物やいのちを大切にしようと自主的に思えるのだと思っています。

いのちをいただくまでの過程を知らないままでは
いただきます や ごちそうさま を言わされているだけでは
子ども達の心には届かない。

今小さなこの子たちの心に届けるのは
「農業とは」とか「ご飯を残さず食べましょう」とかじゃなくて
「楽しい」という泥遊び。
「美味しい」おにぎり。
それがあれば、一度は忘れても蘇ってくる。
どこに行っても戻ってこられる。

ABOUT THE AUTHOR

南雲亜美
湯沢町生まれ。六日町高等学校卒業後、東京の服飾の学校に進学、卒業後はアパレルの仕事に。10年の東京生活を経て帰郷。2009年から六日町でNATURAL and ORGANICをコンセプトにしたカフェを営業。2012年に息子が生まれ、八海山のあしもと、大自然のなか家族と暮らしています。

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