春 の 記憶

地場産コーナーに いちご が並びはじめ
家の畑の いちご はまだ青かったけど
庭のワイルドベリーは、赤く色づいてきて
踏まないように歩くのがやっとな程
葉っぱも庭一面を覆っています。

いっぱい赤くなって見えるのに
ひとつぶ ひとつぶ 採ろうとすると
もう少し赤いの…なんて思ったりして、これだけあるんだから
YOU とっちゃいなYO !!!!って感じなんですけどね。
これはもう少し。。。 これはべちゃっとしてる。。。

こういうところに地味に時間をかけてしまう
母の遺伝子、受け継いじゃったね。

ワイルドベリーは、すっっぱいから
大人はそのままパクっとは食べないけど
子どもは「食べてみたい!」とパクっ!!

すッ・・・ッ!(言葉にならない様で)
見ているこっちが唾液出まくりました。

子どもの頃、あちこちで摘んで食べた
野のもの特有の 渋すっぱさを
大人になっても覚えている。

そして一度キレイに刈り取ったクレソンの川?も
あっという間にわさわさ茂りました。
庭の手入れは、じじばばに任せっきりです。
わたし達は、あそぶだけ。

小人が芝生を手入れしてくれている訳でもなく
使いやすくなっているということは
誰かが整頓してくれているのです。

コンクリートで埋めてしまえば
雑草も生えてこないから、風で飛んできたゴミをはく位で
虫もそこでは生活しないから、ぎゃ!!ってなることもないし

木も枝も切ってしまえば
木と木の間を歩く時にクモの巣に引っかって
うぇーー!!ペペペッってならないよ。

だけど大雨が降っても雨を吸い込んではくれないし
暑さから、時には突然降る雨から
わたし達を守ってはくれないし
そこで命が生まれることはないよ。

歩きやすい様に、歩道をつくって
見通しがいい様に、道幅を広げて
管理しやすい様に、空き地は駐車場にする。

違う村で育っても、違う町で育っても、違う県で育っても
どこか共通してあった子どもの頃あるある。
時は流れ、通学路は整備され、道草どころか
くわいちご や グミ の あの すっっぱさは
今の子たちはもう、学校の帰り道に食べられないのかもしれない。

息子が大人になって今を思い出す時
どんな事を思い出すだろう。
庭で摘んで食べたワイルドベリーの味も覚えてくれているかな。
その時も変わらず、この町が
命を生み出せる場所でありますように。

ABOUT THE AUTHOR

南雲亜美
湯沢町生まれ。六日町高等学校卒業後、東京の服飾の学校に進学、卒業後はアパレルの仕事に。10年の東京生活を経て帰郷。2009年から六日町でNATURAL and ORGANICをコンセプトにしたカフェを営業。2012年に息子が生まれ、八海山のあしもと、大自然のなか家族と暮らしています。

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